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2017年11月14日火曜日

大阪 住吉大社 I

しばらくお休みしていたが、ブログ記事を再開します。日々為すべき用事に追いまくられており時間がとれない。夕食後は講義の勉強で偏微分方程式の本を読み返しているので、一層ブログ書きの時間が取れない。その上空いてる時間ができても体力的にヘタっているので記事を書く元気が出ず横になってばかりいる。お蔭で寝込んではいないが、ブログは休載状態になってしまった。講義だけでなくブログ書きもささやかな生き甲斐になっているので何とかつづけようと思っている。

このところ気に掛るのは施設に居る母の事である。母のことで日常的に起ってくる難事は避けがたいことで、根本は老化によるものだから考えてもどうしようもない。出来得る限りのことをして後は成り行きにまかせるしかない。どうなろうと覚悟のようなものは出来てきたような気がしている。今は母が施設を変わりたいと言い出したのでそのための準備をしている。施設を変わるには書類の手続きや受け入れ先を調べたりとこれからさらに用事が増えそうです。

と日々の雑感を述べてから記事を始める。

今回からは住吉大社の紹介である。10月10日と31日の2回にわたって取材してきた。府大の講義終了後なので1回で全てを拝観するのはさすがに無理でした。2回目でもやはり時間が押していて全てを写真に収めたとは言い難い。もう一度取材にいく積りだがまだ日程は立っていない。

住吉大社は実に立派な神社です。さすがに全国の住吉神社の総元締めだけのことはあります。国宝本殿四宮には吃驚しました。こんな立派な本殿は神社巡りで初めて見たからです。また高灯籠の数の多さと巨大さは、神社に興味がなくとも一見の価値があります。

それでは住吉大社の訪問記を始める。

南海電車住吉大社前で下車する。

駅構内には住吉大社境内の大きな案内板がある。

住吉大社境内案内マップ


中央の大写真には大社のシンボルである反橋が写っている。これは後で実物写真をお見せするのでカットする。

案内板の左端には住吉周辺マップがあり周辺散策の便を図っている。
周辺には住吉公園生根神社一蓮寺があるのでこれらも取材して記事にしたいと思っています。


住吉大社前駅の高架の道路わきにも燈籠が並んでいる。


現在住吉大社への参道は舗装された道路に変わっている。この参道は海辺へとつづく汐掛道と呼ばれ、ここには14基の住友燈籠が奉献され参道に沿って並んでいる。



住友燈籠の記


古くからこの地は長峡(ながお)と呼ばれていて、海岸へと続くこの参道は、汐掛道とも呼ばれている。ここには、14基もの燈籠が並ぶ。
江戸時代の大阪は、銅精錬・銅貿易の中心地として栄えており、その中核をなしたのが住友家である。主に、銅は伊予(愛媛県)の別子銅山から運ばれ、住友を中心とした大阪の工場で精錬された。これらの燈籠は海上安全と家業の繁栄を願って住友家から寄進された。
江戸時代から昭和初期にかけてこれらの住友家の燈籠は奉献された。これらの今でも地域の方々によって、守られている。

住友家の燈籠の一つ。



住吉大社境内入り口

社碑 高さは5m以上あります。社格に似合った社碑です。


通常は大鳥居前の常夜燈は二基だが、この大社ではサイズの1周り以上大きい灯籠が八基以上並んでいる。

大常夜燈  見上げるばかりの高さである。


さらに境内をとり囲むように高灯籠が並ぶ。


竿の部分が丸まった常夜燈  基礎の刻字から見ると魚の仲買い商が奉献したもののようです。


同じく大鳥居前の常夜燈  こちらは油屋と彫られているので油問屋の奉献した灯籠でしょう。


大鳥居

大鳥居前 狛犬二基  胸の盛り上がった堂々たる狛犬様です。



常夜燈  基礎には 大阪 三郷 摂河 町在 とある。 寄進者の名前はわからない。


境内に入るとさらに様々なタイプの常夜燈が並んでいる。私としてはそれらを見るだけで楽しい。竿の部分にも色んな意匠の違いがありますね。


火袋にも格子のはめ込まれているものや中空のものもある。



絵馬殿と思えるが参道の左右に2殿ある。休憩所のようになっている。

右側の絵馬殿


絵馬殿屋根部分  住吉大社の額があり奉納をした人名や問屋名などが記載されているようである。

左側の絵馬殿


反橋の前にある常夜燈

大阪の商人による御献燈と思われる。


濃州(美濃なので現在の岐阜県)の紙問屋からの御献燈と思われる。 どうやら大阪だけでなく全国から御献燈が奉献されているので、燈籠が相当多いようだ。


住吉大社境内案内図


ここで住吉大社の基礎データをWikipediaにお教え願う。情報が膨大なので適宜簡略して引用する。

住吉大社
Sumiyoshi-taisha, keidai-2.jpg
境内
(左奥から右に第一・第二・第三・第四本宮)
所在地大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
位置北緯34度36分44.60秒
東経135度29分37.63秒
主祭神底筒男命
中筒男命
表筒男命
神功皇后
社格等式内社(名神大4座)
摂津国一宮
二十二社(中七社)
官幣大社
別表神社
創建(伝)神功皇后摂政11年
本殿の様式住吉造4棟
札所等神仏霊場巡拝の道42番(大阪1番)
例祭7月31日(住吉祭)
主な神事踏歌神事(1月4日)
白馬神事(1月7日)
御結鎮神事(1月13日)
松苗神事(4月3日)
卯之葉神事(5月初卯日)
御田植神事(6月14日)
神輿洗神事(7月第3月・火曜日)
夏越大祓神事(7月31日)
宝之市神事(10月17日)


住吉大社(すみよしたいしゃ)

大阪府大阪市住吉区住吉にある神社。式内社(名神大社)、摂津国一宮、二十二社(中七社)の1つ。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
全国にある住吉神社の総本社である。本殿4棟は国宝に指定されている。

概要:

大阪市南部、上町台地基部西端において大阪湾の方角西面して鎮座する。海の神である筒男三神神功皇后を祭神とし、古くはヤマト王権の時代から外交上の要港の住吉津・難波津と関係して、航海の神・港の神として祀られた神社である。古代には遣唐使船にも祀られる国家的な航海守護の神禊祓の神として、平安時代からは和歌の神として朝廷・貴族からの信仰を集めたほか、江戸時代には広く庶民からも崇敬された。摂津国の一宮として大阪で代表的な神社であるのみならず、旧官幣大社として全国でも代表的な神社の1つである。
社殿は、本殿4棟が「住吉造」と称される古代日本の建築様式で国宝に指定されているほか、幣殿石舞台高蔵など多くの建物が国の重要文化財に指定されている。

実年代はあやしいが、西暦211年に創建されたとする極めて古い歴史を持つ神社である。

由緒舎


由緒は書ききれないので住吉大社のホームぺージもしくはWikipediaをご覧ください。

ご祭神: 次の4柱で、4本宮に1柱ずつ祀られている。
  • 第一本宮底筒男命(そこつつのおのみこと)
  • 第二本宮中筒男命(なかつつのおのみこと)
  • 第三本宮表筒男命(うわつつのおのみこと)
  • 第四本宮神功皇后(じんぐうこうごう)

底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)、はまとめて住吉三神と呼ばれる。



神功皇后



境内の参拝を続ける。

反橋の左右にも参道が付けられていて、やはり高灯籠がこのように並んでいる。


反橋前の狛犬二基  こちらは頭でっかち短足である。いささか迫力に欠ける。



お待ちかねの反橋  その形から太鼓橋とも呼ばれる。 このときは橋を修復中でした。普段はこの反橋を登って神池を渡ることができる。




住吉の象徴として大変有名で太鼓橋 とも呼ばれ石の橋脚慶長年間淀君が奉納したものであるといわれている。昔は、この橋の近くまで波が打ち寄せられていたそうです。川端康成が、小説『反橋』で「上るよりもおりる方がこはいものです」と書いたことでも知られている。

この橋を渡るのは、神さまに近づくのに罪や穢 れを祓 い清めるためである。反っているのは、地上の人の国と天上の神の国とをつなぐ掛け橋として、にたとえられていた。


神池

反橋を渡ることができないので神池の外周を左側からまわり込んで本殿へ向かうことにする。

住吉万葉歌碑  古代船の形の歌碑である。


万葉歌 二首  読み取れないので詳細は省略。


この歌碑の下には、30世紀に開封されるタイムカプセルが埋められている。

常夜燈  色んな形の石灯籠があるのでウハウハと写しました。


神池に架かる石橋まえの参道  清められていて通行は禁止されていた。


常夜燈  基礎が一つで二基立っているのは珍しい。その代わり左の一基には火袋がない。

神馬舎

神馬 白雪 を祀っている。



白雪号


住吉大社神馬は代々白馬で、平安時代以降白河天皇などのより奉納されていた。
江戸時代から大阪炭屋仲間の「神馬講」が黒い炭を扱うために反対の白馬を奉納したという。


常夜燈  こちらは基礎が5段で火袋が六角形になっている。


火袋がサイコロ型の常夜燈


常夜燈  

石鳥居  西側の境内入り口立っている。


鳥居狛犬二基  こちらの狛犬は陶器製で相当に大きくて迫力があります。




社碑  官幣大社 住吉神社とある。


鳥居前  このように常夜燈が列をなして並んでいる。


今回はこれでおしまい。 国宝の本殿参拝は次回以降になる。