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2015年2月17日火曜日

天理市探訪 II 石上神社

天理教神殿の見学を終わってから、石上神社へ行こうと思っていたが、このような標識を見つけた。神社とは逆方向になるが、距離は近そうだったので豊田城跡に行ってみようと思い立った。


読みにくいとは思うが、掲示板には、

豊田山城跡

豊田山城は、豊田氏によって築かれた中世山城です。・・・・

とある。そして、城の規模やその歴史が述べられている。

Wikipedia にも掲載されているが記述は不十分である。 豊田城

むしろ天理市観光協会の記事が詳しいので、そちらから引用する。 天理市観光協会

豊田氏は興福寺の衆徒(しゅと)として布留郷に勢力を張っていた豪族で、豊田頼英の時代に越智党に属し、近郷に勢力を伸ばします。

その居城が豊田山城です。標高180mの山地にあり、現在でも4ヶ所の郭(くるわ)土塁空堀(からぼり)の跡などが残っています。の最も高いところには本丸がありました。郭群を取り囲む空堀は、南側で二重になっており、城の拡張が進められていたようです。

整備などはされておらず、夏場は歩くのも困難ですが、遺存状態は良く、規模は小さいものの貴重な城跡といえます。

春日断層崖から西へ伸びる丘陵の一つに位置します。現在、周囲は杉林となっています。

 
豊田山城跡の全景がこれ。城跡は全く見えない。
 


標識にあるように、豊田山城跡までは500mで、戻って来ても石上神社まで1.7㎞だから、充分時間があると考えたのである。


山道を登っていくと、


左右に杉林がみえる。

10分ほどで、豊田城址につく。


その外郭の説明板。でもこれだけで、見どころといえるものは何もない。本当にない。説明板のみ。


空堀の跡なんて、どこだかわからぬ。私としては、がっかりである。再び杉木立の道を降りる。


この石垣は、当時のものではないであろうが、それらしいと思って写した。


これから石上神社に向かう。この神社は、日本最古の神社である。


このような山の辺の道を歩いていく訳だ。


かなり開けていて、民家がこの道周辺まで建て込んできている。


堤に咲いていた水仙。丁度今が開化で時期ですね。



 
山道から舗装された道路にでると、こんな方向指示版がありました。
 


これが、布留川にかかる橋「布留の高橋」である。万葉集日本書紀影媛の悲恋」で登場する
のだが、現在コンクリ製で、情緒のかけらもない。

 
万葉びとの切ない想い なのであります。
 



石上(いそのかみ) 布留(ふる)の高橋 高高(たかたか)に 妹が待つらむ 夜ぞふけにける(布留の高橋が高いように、高々と爪先立ちで背伸びして、あの女は自分を待ちわびているであろうに、夜はふけてしまった。) 万葉集より。

実際は、そんなに高くもない。



この橋の架かっている場所の上にハタの滝がある。


布留川沿いにも、天理教の母屋が沢山立ち並んでいる。
 


石上神宮に入る。このような結界が結ばれていた。



正確を期すために、Wikipediaを引用しよう。

石上神宮
石上神宮拝殿(国宝)
拝殿(国宝)
所在地奈良県天理市布留町384
位置北緯34度35分52秒
東経135度51分07秒
座標: 北緯34度35分52秒 東経135度51分07秒
主祭神布都御魂大神
神体布都御魂剣
社格式内社(名神大)
二十二社(中七社)
旧官幣大社
別表神社
創建(伝)崇神天皇7年
本殿の様式流造
札所等神仏霊場巡拝の道19番(奈良6番)
例祭10月15日


石上神宮(いそのかみじんぐう)

奈良県天理市にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(中七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
なお『日本書紀』に記された「神宮」は伊勢神宮石上神宮だけであり、その記述によれば日本最古設立の神宮となる。


参道を歩く。


ここが、重要文化財の櫻門

国宝の拝殿。中央にお賽銭箱がある。

境内には、このような鳥居と祠がある。



またこのような 摂社 出雲建雄神社拝殿 が残っており、これは国宝である。


 
こちらは、社務所。文化財でも何でもない。
 

ここは、庫裡みたいだね。無論文化財でも何でもない。写してみたかっただけ。



大鳥居である。ご神木の杉も見えている。



鳥居の前、向かって左に柿本人麻呂の歌碑がある。
 
 
未通女等之 袖振山乃 水垣之 久時従 憶寸吾者
(おとめらが そでふるやまの みずがきの ひさしきときゆ おもいきわれは)
 
『概訳』と説明:
『布留山(石上神宮の背後の神山、転じて石上神宮境内)に瑞垣(拝殿背後の禁足地の垣)が出来た昔から あなたのことを思っていました。』
この神社の神使は、である。色んな種類の鶏がいました。そのお姿を写しました。 



 

 



皆色艶のよい鶏でした。立派なお姿です。優雅に餌を啄んでおられた。神使の鶏がこんなに沢山いる神社は初めてでした。


私は逆コースを取ったようで、神社をでて参道をくだると、このような標識がありました。

山の辺の道は、ごく一部しか歩いていない。良い散策路と思えるので、向学のため、天理市観光PRの動画をアップする。
 
 
 
 
天理市観光PR(山の辺の道)  
 
 
かくして、石上神社のお詣りもすませ、病院の方に戻ったのである。
遅くて怒られたのは、前述の通り。
 
以下グルメ記事。今回は、面倒なので手抜きです。
 
お見舞いの帰りに立ち寄った天理PAで、


地元グルメの天理ロールを購入。 結構おいしかったです。


天理スタミナラーメンは、購入せず。


 
夕食は、JR芦屋 モンテメール5Fのインド料理店 ナワシャンティ で、つぎのような料理を食した。
 

白身魚のフライ。あっさりと揚がっており美味。
 


プローンカレー。エビや野菜をスパイスで炒めたもの。思いのほか美味。


巨大ナン。チーズナンも頼みました。これ1枚でお腹いっぱいになる。

キーマカレー。

チーズナンの残骸。中にチーズたっぷりである。

チキンロースト。これは極美味でした。

 
あと、サモサとホウレンソウとマトンのカレーを注文したが、画像は省略。
味のほうは、まあまあでした。鱈腹たべました。因みに生ビールは1杯だけ。
 
疲れ切ったので、自宅につくとバタンキューであった。天理市探訪はこれでおしまい。
 

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